唐突だけど、愛について話そうか?!

オレに真の愛を伝達したのは先の愛猫だった。名は「キュー太郎」と言う。彼は18年
と7ヶ月この地球にいた。人間に換算すると100歳にちかい年令なのだがメシの喰い方
はめっぽう下手で、いつまでも子猫の鳴き声だった。人間の子供だとしたならば典型
的なイジメられっこタイプである。が、親バカ故であろうか、それがめっぽういじら
しくてオレは彼を可愛がった。彼もクンクンなついていた。オレが精神的にマズい時
期に、かじりかけの自分の竹輪をコロコロと転がし譲ってくれようとしたこともある。
空腹なので元気がないと思ったらしいのだ。かなり間抜けだが優しくてかわいいやつ
である。彼との付き合いはこのまま半永久的に継続してゆくのだろう、とオレは思い
込んでいた。が、それは違った。別離は突然やってきた。

ある昼下がり。オレは、メシを喰っている彼を見ていて異変に気付いた。彼の後ろ足
が次第に左右に開いては戻し、開いては戻しを繰り返しているのだ。なんど目かに気
になり、腹部を持ちあげ四肢を伸ばし様子を伺ってみたが、やはりおんなじ繰り返し
だった。昨日まで元気に駆け回っていたのに、食後のトイレまでの歩き方もどことな
くフラついている。本人に身体の具合を尋ねてみたが、いつものように舌をペロリと
させキョトンとしている。鼻も湿っている。単に足裏の毛が伸びているせいかな?と、
その日は過ぎた。

翌朝。彼は歩いていて突然崩れた。腰が抜けたかのようだった。本人も何事かと驚い
ている。オレも慌てふためき病院に連れていった。が、診察台ではしっかりと立ち、
例によってキョトンとしている。獣医は、年齢的に腎臓が弱っている事と、室内を暖
房であまり乾燥させないことを伝えた。が、その口調はさほど陰鬱なものではなかっ
た。帰宅後、点滴注射を打ってからの彼は元気そのものだった。大好物の茹でたササ
ミをあげると、いつものようにはぐはぐと食べている。そのマンガチックな姿に安堵
し、オレは水を満たした鍋をガスコンロにかけて、わらった。

翌日。彼はうずくまったまま動かない。顔つきもどことなく辛そうだ。缶詰めも食べ
ていない。トイレの砂が淡いピンク色に染まっていた。家人に連絡をいれ、オレは病
院に駆けた。獣医は申し訳なさそうに「寿命があるから……」とだけ言って点滴注射
を2本打った。帰宅してすぐに彼の好物を小鉢にいれてズラリと並べた。……が、まっ
たく食べない。ミルクも水も飲まない。不安にかられ鍋に水を継ぎ足していると、彼
がふらふらと背後を通り過ぎた。行く手を伺っていると風呂場に入っていった。いつ
ものように風呂桶の水をペロペロ舐めるのだろうか?、と、そうっと覗き込んでみる
と、彼は薄汚れた風呂場の天井に顔をむけ、ただゆるゆると眺めているばかりだった。
オレは足音を忍ばせキッチンに戻り、沸騰するまでの鍋をみつめていた。家人が帰宅
するまでの長い時間、外からの風に換気扇がカラカラと廻った。

深夜、彼はふとオレと家人の枕元から起きあがりフラフラとキッチンにむかった。そ
して背中をむけたまま動かなくなった。なんど名前を呼んでも振り向かない。何事か
と思い電灯をつけるとフローリングの床に薄い水たまりがあった。ティシュでそれを
ぬぐうと、それはピンク色に染まった。気が沈んだ。と同時に、幼少の頃、畳部屋で
オシッコをしたときにきつくトイレを躾けたことを思い出し胸が痛くなった。それ以
後、彼は一度も畳のうえで粗相はしていない。居たたまれなくなり抱き締めようとす
ると、彼はオレの親指に思いっきり噛みついた。そして愛用の電気マットに丸くうず
くまり、それきり目を合わそうとしなかった。家人は嗚咽を洩らした。オレの親指を
包んだテシュは赤く染まった。指は痛くなかった。指は……。

翌日、朝から小さな雪が降った。仕事を休ませた家人と相談して、半日入院させ点滴
を打つことにした。その間にディスカウントショップで安物の保湿機を購入してきた。
獣医は「わざわざ買わなくてもいいのに。お湯湧かしてるだけで十分ですよ」と冗談
めかして言ったが、オレと目を合わせようとはしなかった。《死》を覚悟した。帰宅
後、昼から酒を呑んだ。愛猫を交互に抱っこして、いままでの間抜けなエピソードを
肴に泣きながら家人とわらった。室内に時間はなかった。オレと家人と愛猫がいるだ
けだった。室内の壁を押し広げて《愛》が膨れあがってゆくのが実感できた。それは
《個》を超越していた。オレは直観した。オレたちの中身は《同一》だ。いつもの鼻
キッスをすると愛猫はオレをみつめて小さく鳴いた。

その明け方。彼は枕元で、甲板に釣り上げられたカツオのように激しく痙攣した。オ
レは咄嗟に彼をきつく抱き締めた。家人はその激しさに目を見開き固まっていた。キ
スするように促すと弾かれたように「よくがんばったね、キュー太ぁ」と声を詰まら
せた。オレは家人のアタマを軽くはたいて「まだだよ、ばか」と虚勢を張ってわらっ
た。が、もう2・3度の痙攣の後に別離がやってくることは直観できた。オレたちは部
屋を明るくしてまた呑みはじめた。午前5時をすぎたばかりだった。保湿機がポコポ
コ音を立てていた。抱っこした愛猫の目はうつろだった。名前を呼んで鼻キッスをす
ると返事のかわりにまばたきだけはした。いつしか酒の空き瓶は2本になっていた。
愛猫の胸に耳を押しあて、オレは小さな鼓動をなんども聴いた。家人にも聴かせた。
何十枚も写真を撮った。

その数時間後に痙攣が2度あった。どちらのときもオレが抱っこしていた。いままで
身体に蓄積されていたエナジーが徐々に蒸発してゆく過程だと体感できた。2度目の
痙攣でオレのズボンはびしょぬれになった。肛門がひらいて腸内の水分がぜんぶ排出
されたのだ。オレは、別離が目前にせまったことを家人に告げた。2人でずぶぬれに
なった。次第に衰弱してゆく彼になんども鼻キッスをした。家人もした。彼の自慢の
シッポは汗に湿りボロ雑巾のようになっていた。が、鼻はかさつき乾いていた。家人
が「キュー太はとおちゃん子だから……」と、最期の抱っこはオレに譲ってくれた。
彼は薄く開いた口から呼吸のリズムで舌をのぞかせたままオレをじーっとみつめてい
た。そしてちいさな痙攣ののち、ものすんごくかわいい顔をして身体を抜けだすと猛
スピードで宇宙に飛び立っていった。ビー玉のような真ん丸の目玉の奥底に、魂の塊
が吸い込まれ落下してゆくのが鮮明に見えた。しばしオレは放心した。

そのときオレの両腕はしっかりと、残された屍の重量を受け止めると同時に、それと
反比例して抜け出した魂の質量もキャッチした。それは宇宙そのものだった。愛おし
いものの死と真っ向から対峙することによって、人間のみならず、生物はすべて平等
に《宇宙からきて宇宙に帰還する/ゼロからきてゼロに戻る》という事実を熟知した。
オレはそのときわかったことをまとめて《問答》という詩集を出版した。その後《愛
のパノラマ》という曲もつくり、しばらく休んでいたソロ音楽活動にも復帰した。…
…その直後、サムライの復刻CD発売の話がきた。オレは彼のおかげで《縁》という現
象も熟知することができたのである。

そして去年、彼は身体を替えて我が家にやってきた。名は「てんてん」と言う。今度
は、勉強はからっきしダメだが体育だけは大の得意といったかんじのやんちゃ坊主だ。
オレは生後まもない彼と出逢って瞬時に、魂は循環していると直観した。当初、その
見解を訝しがっていた家人も現在はそれを認知している。この地球に存在している我々
の中身は《元々全部おんなじ宇宙エナジー》だと言うことを。オレはキミで、キミは
オレだ。

……これが《愛》の正体だよ!!

 
公式サイトは携帯から閲覧することもできます。(i-mode、ez-web、vodafone対応)
QRコード対応の機種をお使いの方は下記のQRコードを使用することにより、簡単にアクセスできます。
 
SAMURAI OFFICIAL WEB
http://samurainanode.gozaru.jp/